1989年に発生した「便槽内怪死事件」は、当時大きな衝撃を与えた未解決事件です。被害者である男性が、会社の敷地内の便槽内で死亡しているのが発見されました。
本記事では、被害者がどうやって便槽内にいたのかについて、事件現場の状況や当時の報道に基づき、より詳細な考察を行います。
福島県の便槽内怪死事件の概要とは?
1989年2月28日、福島県田村郡都路村(現在の田村市)で、当時23歳の女性教員Aさんの自宅敷地内の便槽内で、知人男性Bさんの遺体が発見されました。
上記の画像が当時の事件現場の状況ですが、画像で見ても「どうやって入ったのか」が全くわかりません…更なる事件の概要は以下の通りです。
- 被害者: Bさん(当時28歳)
- 発見場所: Aさん宅敷地内の便槽
- 発見日時: 1989年2月28日午後6時頃
- 死因: 凍死
- 遺体の状況: 上半身裸で、膝を抱えて便槽底部に座っていた。
- 蓋: 閉められていた
- 目立った外傷: 頭部に打撲傷
- 争った形跡: なし
- 遺体の発見者: Aさん
ますます謎が深まるばかりですが、この事件は現在でも未解決のままとなっています。その理由は以下2つと考えられています。
ちなみに、当時の便槽と全く同じ大きさの模型が以下です。
近くの人と比べると、どうやって入ったのかが全くもって不思議ですね…真ん中下に穴が空いてますが、もちろん実際の便槽はこちらも閉じられています。
理由1:物的証拠が少ない
- 凶器や被害者の足跡など、犯人を特定できるような物的証拠が少ない。
- 便槽周辺は土足厳禁だったため、足跡などの痕跡が残りづらかった。
- 当時の捜査技術では、現在のように微細な証拠を分析することができなかった。
理由2:目撃者がいない
- 事件当時、現場付近に目撃者がおらず、犯人の特定につながる情報がない。
- 被害者と最後に会った人物はAさんだが、Aさんは犯行を否認している。
- 周辺住民も事件に関する目撃情報を持っていない。
便槽+窮屈さを想像すると、こんな死に方は嫌ですよね…。
便槽内怪死事件の被害者はどうやってそこにいた?
被害者が便槽内に「どうやって入ったのか」は結論として、現在でもよくわかっていません。
当時の警察の判断としては「事件性はなく自ら便槽に入って自殺した」とされており、謎は深まるままです。
被害者は会社の敷地内の便槽内で仰向けに倒れており、さらに便槽の蓋は閉められ、内側から開けることは困難な状態でした。
便槽周辺には被害者の足跡や遺留品は見つからず、被害者は当時、友人の送別会に出席後、行方をくらましてしまっていたとのことです。
また、本事件に関しての考察や推理がネット上(とくにYouTube)で出ていますが、とくに、どうやってそこに入ったのかという疑問に関しては「殺人後、後から入れられたのでは」というコメントがほとんどを占めています。
そのため、実はものすごく闇が深い事件なのでは?という意見もあるのです。
便槽内怪死事件が闇が深いとされる理由とは?
便槽内怪死事件が闇が深いとされる理由は、
- 警察の判断は「凍死」と判断されている一方で、司法解剖を全くしていないこと
- 木村藤子氏が霊視し、殺人事件なのでは?
- 警察が来る前に、バキュームカーがきて便槽は壊されていたこと
- (スピリチュアル的にはなってしまいますが)被害者の父親が睡眠中、2時〜2時半の間に「俺は絶対にやっていない、俺の仇を打ってくれ」といったメッセージを受け取っていること
から、実は街ぐるみ説や警察の隠蔽説などがネット上では騒がれています。事件発生から30年以上経過した現在も、真相は謎のままです…。
これは事件のニオイがプンプンしますで…。
便槽内開始事件の当時のTV(YouTube)